令和4年度

校長より

大切なもの

トンネル工事を行う際には、一般的に両側から同時に堀り始め、真ん中辺りで一致すると貫通となります。その最後に破られた岩石の破片のことを貫通石と呼びます。トンネルが貫通したときの感激は言葉で表すことのできないほど大きく、また、コンピュータ制御された掘削作業となった今であっても、その瞬間の感動が薄れることはないのだそうです。だから、貫通石は1つずつ丁寧に袋に入れられ、関係した方々に配られることもあります。複数年にわたり作業に従事した工事関係者の方々は、それを大切にポケットにしまい込み家族のもとに帰ります。ちなみに、これまでにかなり多くの貫通石が配られたのは青函トンネルが完成したとき、とも言われています。生徒の皆さんは、何か大切にしている思い出深いものはありますか。

9月22日(金) 川俣高等学校長

記憶力

物覚えが悪くなる要因は、脳にあるワーキングメモリの容量が小さくなるからだと言われています。記憶の容量とされるこのワーキングメモリが小さくなるのは、大きな机の上でテキストやノートを思いっきり広げて作業ができる状態から、徐々に机の幅が狭くなっていくような状態を指すのだそうです。でも、狭くなった机を広げる方法として、音読を薦める大学の先生がいます。川島隆太先生によれば、音読は、文字を読む視覚と耳で察知する聴覚という2つの感覚を使用することから、脳に程よい刺激を与えると話されています。言語を使って思考する人間にとって、脳の中の机が広くなればその思考の幅を広げることができ、豊かな発想力も生み出すことができます。そして、途中で息を吸った際に脳の回路が切れることを避けるために、文章などを一気に読み上げると一層の記憶力向上に良いとされています。生徒の皆さんも一度試してみてはいかがでしょうか。

9月21日(木) 川俣高等学校長

思 い

阪神タイガースのセリーグ優勝とともに色々と注目を浴びているカーネル・サンダース人形ですが、元々は、1985年にタイガースが日本一になったときに活躍したランディ・バース選手の代わりに、やや姿が似ているとの理由で胴上げされたのが事の始まりだったようです。それはともかく、そのカーネル・サンダース人形は本場アメリカではほとんど見かけることはなく、日本独特のものであることをご存じでしょうか。観光で日本を訪れたアメリカ人の方々が、その人形の脇で記念写真を撮られるのもうなずけます。日本にはかねてより、商売繁盛を願って、よく店頭に招き猫を置いたりします。そういえば、マネキンという言葉は、招き入れる、から来ているとの説もあります。そうした慣習から独自に作成されたものだとすれば、海外と日本の文化融合による象徴とも言えるのかもしれません。

9月19日(火) 川俣高等学校長

欠乏と過剰

トルストイ『戦争と平和』の中に、『ピエールは、頭ではなく己の全存在、全生命によっておよそ人間は幸福のために創られた者であること、幸福は彼自身の中に、その自然な人間的要求の満足の中に存すること、一切の不幸は欠乏から来るのではなく、むしろ過剰から来ることを知った。』という一節があります。人は、欲するものや要求するものを手に入れることができれば幸福を感じると思い込んでいますが、実はそれは錯覚なのだという指摘です。過剰という豊かさがあまり大きな意味を持たないことは、かつて高度経済成長を経験した際に明確になったことでもあります。苦悩があって幸福があるのは、闇があって光があるのと同じです。この逆説的存在があるからこそ、苦悩の中にも希望を持ち続け、後に必ず幸福が訪れるのです。一時闇にいる瞬間があっても、必ず光に辿り着くことができるのです。そして、その幸福や光は、意外にも身近なものであったりします。日常の何でもない光景が至福の光と感じることは、ドストエフスキーの作品の中にも多く描かれています。

9月15日(金) 川俣高等学校長

白 砂

かつて、バンカーの砂を白くしてゴルフのテレビ中継の際に映えるようにしようとしたゴルフ場があったそうです。そのときに使用したのが、オーストラリアから取り寄せた珪砂です。元々はガラス製品の原料にするために輸入していた珪砂は、花岡岩が風化してできたものなので、白く細かい形状をして、太陽に当たるほどその白さが増すそうです。狙い通りテレビ映えはしたものの、プロからは不評でした。砂の大きさが揃い過ぎているため抵抗感がなく、打ちづらいことがその理由です。また、あまりにも白く輝いて見えるため、目線がどうしてもバンカーにいってしまうとの意見もありました。新しいことを取り入れると、これまでにはなかった課題が生じることはよくあります。ちなみに、その後、白さを失わない程度に日本の細かい砂を混ぜるなど工夫して、珪砂の良さを引き出すことに成功したそうです。

9月14日(木) 川俣高等学校長

言葉の重み

かつて、動物学者がチンパンジーと人の子どもを同時に育て観察記録を取った例があります。2歳から3歳まではチンパンジーの知能が優っていますが、人が言葉を覚え始めると、その優位性はたちまち逆転するのだそうです。人が言葉を持つ事実がどれほど重大なことであるのかがわかります。人は言葉を使って、文学や芸術、科学などあらゆる分野を充実させてきました。でも、あまりにも身近な存在である言葉であるために、通常はそれを顧みることはないようです。世界を情報が飛び交い、海外の人とも異文化の人とも容易に交流を図ることのできる現在であるからこそ、言葉とは何か、を考える時期なのかもしれません。始めに言(ことば)ありき、という表現があります。ギリシア語では、言のことをロゴスといいます。ちなみにロゴスには、言葉に加えて理性や思考能力という意味も含まれています。

9月13日(水) 川俣高等学校長

商売の原点

かつて街に商店街が多く立ち並んでいた頃の話です。朝に行う店の前の掃除は、主に店主の方が担当されていました。店員の方に任せないのには理由があったようです。第一に、買いに来ていただく客様のことを思いながら心を込めて掃除をすることで、感謝の気持ちを新たにされていたようです。第二に、お客様になるかもしれない、店の前を通る方々の表情などを観察できることです。爽やかな表情をされている人、やや疲れや悩みを感じながら歩いている人など、その表情から窺い知ることで、来店された際の声掛けに心配りをしていたようです。また挨拶すると、挨拶を返してくれる人、無視して通り過ぎる人、掃除の邪魔にならないよう遠回りして歩いてくれる人など、人それぞれの性格をも知ることができます。店の前の掃除は、商人としての心得や経営の呼吸などを学ぶ機会だったのかもしれません。人との接し方は気働きによる、とも言われます。私たちにも通じる心構えでもあります。

9月12日(火) 川俣高等学校長

運 命

生徒の皆さんは、ドイツの作曲家ベートーヴェンを知っていることと思います。ウィーンで演奏家として名声を博していた時期に、彼は病により聴覚のほとんどを奪われます。移り住んだウィーン郊外のハイリゲンシュタットで彼が書いた「ハイリゲンシュタットの遺書」には、絶望という言葉も見られます。でも彼は、運命とは抗うものではなく、運命に従うことこそ、運命を克服する唯一の手段との考えに行きついたとされています。ハイリゲンシュタットの苦悶する日々から14年後、彼は日記に、扉を叩くことこそ自分の運命という強い考えの下、「運命よ、思いのままに力を振るえ。」と記します。生徒の皆さん、人は、なぜ一時、耐え忍ぶことができるのか知っていますか。たとえ過酷な運命であっても、受け入れ、乗り越えていく先には大きな歓喜の瞬間が待っているからです。

9月11日(月) 川俣高等学校長

平 和

タクアン漬けを考案した沢庵和尚は、織田信長時代に生まれます。乱世の静まりを熱望した沢庵和尚の考えは、「堪忍の二字、常に思うべし。百戦百勝するも、一忍に如かず」にある、とされています。彼は、戦いはどこまでいってもきりがなく、それよりも戦わないことこそ最大の勝利である、と考えていました。三代将軍徳川家光の剣術の指南役として仕えた柳生但馬守宗矩(むねのり)は沢庵和尚に教えを乞うていたために、彼の記した『兵法家伝書』にも、沢庵和尚の考えが色濃く反映されています。その柳生流の極意とは無刀取りとされています。かかってくる相手の刀を奪うという術だそうです。戦わないことを心せよ、と、稽古の際に彼は常に諭したそうです。自分との闘いは、時によってあるかもしれません。でも、他者との戦いにばかり目を向けることは、大きな意味を持たないようです。

9月8日(金) 川俣高等学校長

一層の成長

植物に音楽を聴かせるとその成長が早いという話を耳にします。かつて山形県にある音響メーカーの従業員の方が、ステレオから流す音楽の下、育てる野菜作りを提案し実践しました。野菜の苗を植え、芽が出ると、クラシックやロック、演歌などの音楽をかけて育てたそうです。どれも良く育ちましたが、その従業員の方は元々農家の生まれであったため、自分が野菜作りに慣れていたからうまくいったのか、または音楽の効果なのか確証がなく、東北大学の教授から教えをいただくことにしました。教授によれば、一日に一回、野菜の枝葉に触れてやるだけで、エチレンという発育ホルモンが分泌され成長を促すとのことでした。音楽であれば、低い周波数の音が枝葉を動かすことで刺激を与えるため、一定の効果があるようです。何事においても一層の成長を図るには、深い思いやりを持ちながら、これまでの取組にひと手間かけることが大切なようです。

9月7日(木) 川俣高等学校長

緊張の中の集中力

緊張とは、外界との交流を遮断して自らを守ろうとする状態を指します。こうした状態に陥ると、新しいことを吸収することもうまくいまず、パフォーマンス自体が低下すると言われています。緊張は、一つのことにとらわれて心が固まることで柔軟な対応を阻害する「居つく」状態も呼び込んでしまいます。では、こうした場合にはどのように対応すればよいのでしょうか。緊張は誰でもするものだという開き直りの気持ちを持ちつつ、緊張の中にも集中力を高めるには、自らのこれまでの取組に対する自信を感じること、一定のリラックス状態を取り入れること、この2点が大切なのだそうです。2017-2018グランプリシリーズに出場した羽生結弦選手は、初戦において、フリーで初挑戦の四回転ルッツを成功させます。彼は著書の中で、「それまでの1年間、練習も私生活もすべてスケートのために使ってきたという自信があったので、思い切って自分の身体を信じることができました。」と述べています。プログラム使用曲に、彼が心から笑顔になれる「SEIMEI」を選曲したことも、リラックス状況を作り出した大きな要因ともされています。

9月6日(水) 川俣高等学校長

事の是非

生徒の皆さんは、自分にしかできない何かを見つけていますか。皆さんが真から興味のあることに一心に取り組み、工夫をしながらその道に励むことは素晴らしいことで、そこから自信も生じます。好きこそ物の上手なれ、という表現もあります。でも、物事に取り組む際には、他者の存在も視界に入ります。もしも先に進む人の姿を目にすると、焦燥に駆られることもあるかもしれません。尾崎一雄氏は『痩せた雄鶏』に、「疲れたら憩(やす)むがよい。彼等もまた、遠くはゆくまい。」と書いています。『宋名臣言行録』にも、「事の是非如何と顧みるのみ。成敗に至りては天なり。」と記されているように、要は、目の前にあることが、是か非か、つまりは、正しいか正しくはないかを見極めることこそ大切なのです。取組の後に、成功であったか失敗したかは問われるものではなく、また、他者の評価も然り、という考えにも行きつきます。ちなみに、ここでいう「天」とは天命を指します。

9月5日(火) 川俣高等学校長

家の形

かつて、地方で大手住宅メーカーの下請けをしていた会社が、基本は四角で作る家屋を八角形で作ってみる案について検討を始めます。提案した社員によると、同じ床面積の住宅の場合、四角形よりも円形に近い形の八角形の方が外周が短く、その分コストダウンを図ることができることをあげ、また、円形にすると工法上難しい問題が生じるものの、八角形であれば従来の工法で建てることができるなど、利点を説明したそうです。ただし、役員会では、壁面の一辺が短くなり、これまでの家具を置くことができなくなるなどの理由で多くの反対意見が出されたため、社長さんが自ら八角形の家を建て、1年間住んでみることにしました。家の中央部の間仕切りの壁に独自開発の家具を置くなど工夫すると、八方の窓からの採光により室内は明るく、夏は風通しに優れ、冬は北風を受ける部分が少ないため温かく、また広く感じる家になったそうです。それにしても、社長さんの商品開発に対する熱い意気込みを感じます。そういえば、八はかねてより、末広がりを示す縁起の良い数字とされていることに加え、聖徳太子が見た夢により建立された法隆寺の夢殿も八角形をしています。

9月4日(月) 川俣高等学校長

得たきもの

無欲の人として知られる与謝蕪村が、「得たきものはしゐて得るがよし(得たいと思うものは無理をしても手に入れたらよい)。」という言葉を残しています。彼はまた、「見たいものはつとめて見るがいい。」とも話しています。物事の判断基準は自分にある、との考えによる表現とされており、よって、しっかりとした判断基準をもって物事を捉えることができるよう日頃から努めることが肝要、との意味にも取ることができます。中国秦時代の宮殿であった感陽宮の釘隠しから作られた刀の鍔(つば)だとして、彼に自慢げに見せびらかす人に対して、与謝蕪村は、何も話さなければ実に良い品なのに、と感想を持った逸話が残されています。また、赤穂浪士の一人である大高源吾が所持していたとする高麗の茶碗だと自慢した知人に対して、彼はただ、何の証があるのか、と感じるのみであったそうです。さて、生徒の皆さんはこれまでに、他者の解釈抜きに、得たきもの、と感じた対象はどのくらいありましたか。

9月1日(金) 川俣高等学校長

ペンギン

ペンギンは氷山の端まで来ると、しばらくはじっとしています。そして、勇気ある1羽が氷の海に飛び込むと、残りのペンギンも次々とダイビングを始めるのだそうです。氷山というホームから、氷の海というアウェーに入り込むには、ペンギンにとっても大きな決断を要します。人も同じです。グローバル社会で躍動するには、まずはグローバル社会という未知なるアウェーに入り込む必要があります。アウェーに向かうことは脳の持つ潜在能力を最大限に目覚めさせるとも言われています。生徒の皆さん、皆さんが1羽目のペンギンになる場面は必ず来ます。グローバルという名のアウェーでの偶有性を是非楽しんでみてください。

8月31日(木) 川俣高等学校長

クロワッサン

クロワッサンはパンの中でも人気の高い商品です。このクロワッサン、オーストリア生まれであることをご存じでしょうか。オーストリアの首都ウィーンが1683年にオスマントルコ軍に包囲されますが、オーストリア軍は城壁を堅固にしていたためビクともしません。オスマントルコ軍は、相手に気づかれない夜中に、ツルハシでその城壁を崩そうと試みます。ところが、皆の食糧として、昼夜を問わずパンを焼き続けていたパン職員がツルハシの音に気づき、未然防止を図ることに成功したそうです。オーストリアの皇帝レオポルト一世はパン職人に対して、勝利を記念したパンを作る特権を与え、それにより作られたのがクロワッサンです。その形は、ツルハシの音に気づいた夜、空に浮かんでいた三日月を模したとも言われています。両端のとがった形は動物の角にも見えることから、ヘルンヘン(ドイツ語で小さな角の意)とも呼ばれ、各国で人気となります。中でも、マリー・アントワネットはよく好み、ベルサイユ宮殿のパン職員にもそれを作るよう命じたことから、クロワッサンはフランスの伝統的パンと思い込んでいる人も多くいるようです。歴史を想いながら食べるクロワッサンは、一味違ったものに感じるかもしれません。

8月30日(水) 川俣高等学校長

2学期始業式時校長講話

生徒の皆さんは、大きな障害や困難に立ち向かうとき、どう対処するでしょうか。登山で言えば、山頂にたどり着いた後で、さらに高い山に登りたいときには、一旦は山をおりなければなりません。登山も楽ではありませんが、下山は、想像をはるかに超えてつらいものです。でも、たとえば麓におり立ったときに、自分がそれまで登っていた山を見上げると、登山前に見上げた光景とは別のようにも見えます。異なる領域に達した満足感を感じることができる、と言う人もいます。苦しみながらも登り切り、そして一旦は谷に下りるからこそ、成長もできるのです。

皆さんは、この夏季休業中に、何かうまくいったことはありますか。もしもそうであれば、大きな自信をもって、これからの学校生活に臨むことができます。あるいは、何かうまくいなかったことはありますか。もしもそうであれば、今の下山の話を念頭に、これからの取組に活かしてほしいと思います。そして、自分にとって困難が生じるのは、思いがけず良いことが起こる前兆であることは実際によくあります。

さて、本日から2学期が始まります。やがて季節は秋となり、紅葉が終わると、冬がやって来ます。カレンダーを見ながら、そして季節の移ろいを感じながら、昨日から今日、今日から明日へというように、人は、連続する日々の流れに区切りをつけてきました。そうした区切りをつけることにより、人は敢えて、自分たちの心の動きを不連続にしたのです。でも、誰もが気づいているように、時や私たちの活動は、昨日も今日も、そして明日もまた、途切れることなく続きます。変化のない単調な毎日に敢えて区切りをつけることで、私たちは今日を生き、明日を想う新たな気持ちを手に入れているのかもしれません。区切りはけじめ、一歩を踏み出す大きな力です。不連続な心を繋げていく努力の先に、目標達成の瞬間があります。

8月29日(火) 川俣高等学校長

 

顧みる

ドイツの哲学者ヘーゲルは、人とは何か、と問われたとき、「そのような問いに応じるのに、哲学はいつもやって来るのが遅すぎる。」と答えます。これは彼の嘆きではなく、むしろ、一日が終わることなくその日を顧みることはできないとの考えから、この言葉は、日暮れになって初めて人の思索は始まることを表している、とされています。ここでいう哲学は、その日の振り返りの機会とも解釈できそうです。日々の行いを丁寧に思い出し、考えることは、良き経験を積むことに繋がります。歳を重ねることで思考が深まるのも、そうした理由からです。そしてヘーゲルは、ミネルヴァの梟(ふくろう)は夕暮に飛び立つ、とも話します。ミネルヴァはローマ神話の知恵の女神で、梟を使いとしています。今日という日を真正面から見つめ直し、反省すべきところは反省することから、明日の飛躍は生まれます。

8月25日(金) 川俣高等学校長

言葉遣い

私たちは日々、多くの場面で言葉を使って文章を作成したり、話をしたりします。その際に、自然に主観が入り込むこともあります。たとえば、「Aさんは仕事ができるうえに親切です。」「Aさんは仕事ができるのに親切です。」という2つの表現を比較してみます。どちらもAさんに対する評価であり、同じことを表現しているようにも思えますが、実は決定的な違いがあります。それは、後者で使用している「のに」です。この話し手は日頃から、仕事ができる人は基本的に親切ではない、と感じていることがうかがえます。この一例からも、言葉遣いの難しさと奥深さを感じます。また、「これはできなかったね。でも、それはできたね。」「それはできたね。でも、これはできなかったね。」という2つの表現では、順番を入れ替えているだけなのですが、受け手の印象としては、後者の方が「できなかった」と言われたイメージが強く、モチベーションも下がるようです。相手を励ます優しい気持ちから発する言葉を確実に伝えるためにも、自らの言葉について考えてみることは重要です。

8月24日(木) 川俣高等学校長

食文化

大晦日や正月には郷土料理を食する機会が増えます。大分県臼杵地方では、黄飯(おうはん)を炊く習慣があります。白身魚や大根、にんじんやネギ、豆腐などを鍋で煮て、黄飯に添えたり、上からかけて食べるのだそうです。日本では珍しい黄飯は、スペイン料理のパエリアから来た、ともされています。サフランで黄色に染めて炊き上げた米の上に、オリーブ油で炒めたエビやイカ、貝などが乗るパエリアは、かつて大友宗麟が好んで食べたそうです。手に入りにくいサフランはくちなしに、また、エビやイカはクロダイやエソなどの白身魚に、加えて、オリーブ油は菜種油に代えて炒めるなど工夫して、日本風にアレンジしたものが黄飯です。何百年にもわたりしっかりと根付いた食文化は、今でも正月三が日の間に何度も煮直しては食卓に載せられ、人の笑顔を作り出しています。

8月23日(水) 川俣高等学校長

試 験

中間試験や期末試験など、中学校や高校では年間をとおして多くの校内試験を実施します。東京にある私立中高一貫校も同様です。昭和60年代に、難関とされる私立中学1年生を対象とした校内試験に、次のような問題が出題されました。①〇〇を現す(学識が目立って人よりも秀でる)②〇〇に富む(年若く、将来が長い)③〇〇の交わり(間柄が極めて密接なさま)④〇〇暗鬼(疑いが生じると次々に妄想を生むこと)⑤〇肉〇食(味噌汁やお新香が付いて約700円程度)。難度の高い問題ですが、⑤についてはいかがでしょうか。試験問題作成の際には、何度も検討を重ね、先生方が自信をもって出題されます。この中学校では問題用紙に出題された先生の名前も記載されていますから、一層そうだと思います。この出題から、先生と生徒が、真剣な中にも良き関係を築きながら授業に取り組まれていることを垣間見ることができそうです。

8月22日(火) 川俣高等学校長

朝散歩

朝の散歩を推奨する人は多くいます。第一に、活性化すると清々しい気持ちになり、意欲と集中力がアップするセロトニンは、午前中に作られるためです。第二に、人の体内時計は平均24時間10分前後なので、10分ずつ就寝時間が遅れることを防ぐためにはリセットを要します。そのリセットに効果的なのが、2500ルクス以上の太陽光を5分程度浴びることとされているためです。第三に、カルシウムの吸収を助け、骨を丈夫にするビタミンDは、紫外線を原料として作られます。もちろん、紫外線の浴び過ぎには注意を要しますが、15分程度の朝散歩により、1日に必要とされるビタミンDの生成が行われるとされています。暑い時期ではありますが、まだ気温の上がり切らない時間帯での朝散歩、試してみてはいかがでしょうか。

8月21日(月) 川俣高等学校長

そこに居直る

美術家の中川一政氏が88歳の時に出した画文集『八十八』には、書について、「人は三様に生まれて来る。一つは手筋良く生まれて来る。二つは悪筆で生まれて来る。第三は両方入り混じって生まれて来る。しかし、手筋が良ければよいというものではなく、悪くてもよいのである。書に興味があったら誰でも書いたらよい。私はその見本である。そこに居直って度胸が出て来るのである。」と記されています。中川氏は、全ての始まりは興味を持つことであり、そこから深入りして、その世界を極めたいと思うほど没頭すれば、居直って自然に度胸も出て来る、としており、また、才能などは問うところではなく、むしろ才能は努力の結果生じるものだ、とも話しています。興味を感じ努力を重ねることは、今からでも始めることができます。将来、振り返って、今日が自分を変えた記念日、と位置付けることができたら、それは素晴らしいことです。

8月18日(金) 川俣高等学校長

ナンカ

東南アジアは、ドリアンやマンゴスチンなど果物が豊富な地域ですが、ジャックフルーツも印象に残る一つです。太い幹から長さ50センチを超える実がいくつもぶら下がる光景は圧巻だそうです。表面にはトゲがありますが、中は黄色い果肉で、独特の甘みがある人気の果物です。多くある果樹園に加えて、庭園樹としても育てられているため、旅行に行くと、いたるところで目につきます。現地ガイドさんはよく旅行者から、「あれは何ですか。」と尋ねられ、うっかりと「ナンカの実です。」と答えてしまい、お叱りを受けることがあるそうです。ちなみに、ナンカとはジャックフルーツの現地での呼び名です。日本語とも思える言葉が遠く離れた地域でも使用されているのには、何(なん)か所以があるのかもしれませんね。

8月17日(木) 川俣高等学校長

行間を読む

生徒の皆さんが、文章を読み、主人公の思いを問われる場面は多くあると思います。言葉には書かれていませんが、作者が読者に対して伝えようとしていることを読み解くことは、国語の授業以外の多くの場面でも重要とされています。この力は、文章に限ったことではなく、芸術を鑑賞する場合などにも使うことが可能です。もしも、キャンバスには描かれていない画家の訴えを受け止めることができれば、目の前の絵画を異なる視点からも楽しむことができるかもしれません。いわば、絵画の行間を読むわけです。最初は、自分の眼でじっくりと鑑賞してみます。でも、行間を読むことが難しいときには、絵画の周辺情報を探り、頭に入れた状態で、再度絵画と向き合います。描かれた場所や時代背景、画家の性格など、色々なことを考えながら鑑賞する絵画は十分に楽しく、一層身近なものとして捉えることができます。足りない情報を想像力で補うことにより、周囲にある日常的出来事も、深みを帯びて見えてくるようになります。

毎回、本投稿を御覧いただきましてありがとうございます。次回投稿は8月17日(木)を予定しております。

8月4日(金) 川俣高等学校長

悩 み

自信にあふれた人と比べて、些細なことで悩む自分を情けないと感じることもあるかもしれません。でも、自信は悩みをとおして生み出される、ということを生徒の皆さんは知っているでしょうか。悩んだり傷ついたりするのは、むしろ人である証であり、普通のことです。人の持つ豊かな感性、その中にはこうした悩みも含まれています。人は、自分が痛みを感じることで、初めて他者の痛みを知ることができます。

8月3日(木) 川俣高等学校長

文化発祥

スイスのほぼ中央にシュビーツという街があり、1863年2月から不定期に、街中の人が日本人に扮する日本人劇が上演されているのだそうです。日本を忠実に表現しているというよりはむしろ、アジア全体の要素が取り入れられているようですが、遠く離れたスイスの地で日本人劇が始まったきっかけはどこにあるのでしょうか。スイスは時計を輸出して貿易立国を図っていたことは有名です。日本が鎖国を解き外国に門戸を開いたことで、他国同様にスイスも通商使節派遣を決めたのが1861年とされています。スイス国内で日本に対する関心が急激に高まり、それがシュビーツにも根付き、日本人劇発祥に至ったとも言われています。ちなみに、日本人劇が開催されている期間は、シュビーツの街の方々は皆、日本人を演じながら長い冬の厳しさを忘れ楽しんでいるようです。永く受け継がれ、その地の方々の生活の一部にもなっている文化は、ふとしたきっかけによるものが多いようです。

8月2日(水) 川俣高等学校長

思考法

物事を様々な角度から考えることができるようになると、思考を深めやすいとされています。特に、2つ以上の事柄を比較して考えることで、それぞれの特徴を明確に把握することができます。これを対比思考と呼びます。主観により判断してしまうと偏りが生じるため、相対する事項を比べ合わせることは、物事を第三者的に見る上でも効果があるようです。自分のものの見方が理にかなったことかどうかの適切な判断ができるとともに、対比思考により、発想の拡大、そして問題解決能力の一層の向上も図ることができます。

8月1日(火) 川俣高等学校長

決断の瞬間

人は瞬時を生きており、その中には多くの決断を要する瞬間があります。歴史上有名とされる人は、的確にその一瞬を捉え、そして的確なる決断のできる天賦の才があった、とする指摘もあります。生徒の皆さんにも、間違いなく決断の瞬間は訪れます。その時が輝ける瞬間となるかどうか、それは、それまでに培った教養や知識によります。同時に、その決断が輝けるものであったかどうかは、その時以上に、後になってわかる場合もあります。ナポレオンは「四千年の歴史が見下ろしている。」という言葉を発したそうです。四千年後に自分はどう評価されているのか、その責任をもち行動する、との自戒とも解されています。人生の決断には、常に歴史の重みが伴います。

7月31日(月) 川俣高等学校長

神 妙

ミロ90歳、ピカソ91歳、シャガール97歳など、世に知れた画人には長寿を保たれた方が多くいます。奥村土牛氏101歳、横山大観氏も89歳でした。これは体力以上に、絵を描くことへの執念にも近い気力の充実がもたらしたもの、とも言えます。江戸時代の浮世絵師葛飾北斎氏は、こう記しています。「いま73歳になって、ようやく描くものの生命の在りどころが見えてきた。80歳になれば、ますますこの一筋を進み、90歳でその奥意を極め、100歳では神妙の域に達するだろう。そして、110歳になれば、この筆から描き出される点も、線も、生けるがごときものとなろう」。生徒の皆さん、私たちには、まだまだ伸びしろがあることを痛感しませんか。

7月28日(金) 川俣高等学校長

孤独と向き合う

金沢出身の室生犀星氏は、「ふるさとは遠くにありて思ふもの」と表現したことで有名です。彼の詩には、都会に生きる孤独の思いが根底にある、とも言われています。周囲に多くの人が集っていても、常に誰かが傍にいるわけではありません。時の長さは異なりますが、誰にでも一人になる場面があります。孤独は自分を見つめる瞬間なのかもしれません。室生犀星氏は『室生犀星詩集』に、こう綴っています。「きよい孤独の中に住んで 永遠にやって来ない君を待つ うれしさうに 姿は寂しく 身と心とにしみこんで けふも君をまちうけてゐるのだ それをくりかえす終生に いつかはしらず祝福あれ まことの人のおとづれのあれ」と。孤独から目を背けることは、真の自己に出会うことを拒むことにつながるのかもしれません。また、孤独と正面から向き合うことにより、「まことの人のおとづれ」、つまり親友との出会いがあるのだとも感じます。

7月27日(木) 川俣高等学校長

技術者

商品開発において、1%の可能性があればそれを信じて取り組むのが技術者の姿勢、とされる中、次のような「ぎ術者になってはいけない」と話している、ある会社の社長さんがいらっしゃいます。①やりますと言うものの、目標達成を図ろうとしない欺術者 ②できない理由は述べるものの、どうすればできるようになるのかを述べることのできない偽術者 ③頑張りますとは言うものの、そのやり方を説明できない疑術者 ④専門用語を使って話はするものの、やることが理屈から外れている擬術者。さて、どれも厳しい言葉に思えます。でも、企業は人の生活を一層豊かにする宿命を担う存在なので、その達成を図ろうとする本気度も自然に高くなります。ちなみに、その社長さんは自分に対しても、以下のような「こう害をしない」よう心がけているそうです。①柔軟な対応ができない硬害 ②考えすぎて実行に移すことのできない考害 ③じぶんの考えは常に正しいと思い込み、他者の意見を取り込まない抗害 ④あまりにも細かいところまで仕事に口をはさむ口害

7月26日(水) 川俣高等学校長

人、一生、一万冊

これは、二宮尊徳氏や福沢諭吉氏など多くの方が話されている言葉です。読書をとおして、人は知性と教養を高めることができ、これは豊かな人生にも繋がります。もしもこの言葉を忠実に実行したとすると、日々読書しても27年かかるほどの長期計画ですが、その真意は、人は人生の途中において完成をみることはなく、一生にわたり学びの過程にある、といったことと理解しています。いい本に巡り合ったときの喜びは大きく、まるで親友を得るのと同じ意味合いを持つ、ともされています。また、良書は友の中でも最良の友、という表現もあります。身近な読みやすい本から始めて、一生の財産を作ってみるのもよいと思います。

7月25日(火) 川俣高等学校長

推 論

本を読んでいると、自分の理解できる内容ばかり出てくるわけではありません。そうした場面に遭遇すると、人は推論を働かせます。既に自分が手にしている情報をとおして思いを巡らすのです。でも、その範囲を超えた場面も当然あります。「中原中也はみつばのおひたしばかり食べていた。あるいは葱をきざんだものを水にさらして、ソースをかけて食べていた。自分ではこれくらいの調理しかできなかったとも言えるし、ダダイストをめざす意思が意図的に風変わりな素食を志向させたという側面もある」。これは、嵐山光三郎氏著『文人悪食』に書かれた表現です。大抵の人は、推論してもダダイストはわかりません。ちなみに、ダダイストとは、古い価値観に対抗し、既成概念を否定しようとした、第一次世界大戦中にスイスで起こったダダイズム芸術運動、その推進者を指すのだそうです。読書には、自分にとっては未知の、新たな側面に触れる楽しさもあります。

7月24日(月) 川俣高等学校長

ひらめき

人は、数多くの場面で素晴らしいひらめきを感じます。でも、こうしたひらめきはゼロから生み出されるわけではなく、材料は既に頭の中にあることを前提として、脳内で起こる情報連結こそひらめきである、とされています。よって、素晴らしいひらめきを感じるためには、予め多くの情報をインプットしておく必要があります。多くの本を読み、多くの体験をし、多くの人と話し、試行錯誤を繰り返すことで、人はひらめきの瞬間に立ち会うことができます。

7月21日(金) 川俣高等学校長

異なる

生徒の皆さんはゾウリムシを知っているでしょうか。真核を有する単細胞生物で、身体の周囲にはびっしりと繊毛が生えています。この繊毛が一斉に同じ方向に波打つように動くことで、ゾウリムシは素早く前進することができます。でも、かつて東京工業大学教授であった今田高俊氏は、数本の繊毛が勝手な動きをしていることに気づきます。前進する際には、異分子とも見える、このめちゃめちゃな動きをする繊毛ですが、方向転換をする際には、他の数百本の繊毛がこの繊毛にぴたりと動きを合わせるのです。この数本の繊毛にも、とても重要な任務があったのです。この世に存在しているものはすべて、重要な役割を担っています。

7月20日(木) 川俣高等学校長

仲間の存在

友を持つことの大切さについては、本投稿をとおして何度も話してきたところですが、仲間を持つことについて、生徒の皆さんはどう考えているでしょうか。友との繋がりの原点が友情である一方、仲間の場合、夢や目的が繋がりの原点となります。同じ夢や目的の実現を目指すことが結束力の中心となるため、もしも方向性に違いが生じた場合には、その集団から抜けるなど自由な面も伴っています。関係性にゆるやかさを含む仲間は、気を楽にしながら人間関係を築くことのできる、友にも変わり得る、頼りになる存在です。生徒の皆さん、周囲をよく見渡してみてください。同じ夢や目的を持つ仲間は、想像以上に多くいます。

7月19日(水) 川俣高等学校長

学習効率

一般的に、起床した後の午前中の2~3時間は、脳のゴールデンタイムとされています。睡眠により前日の記憶が整理され、十分な休息も取れていることから作業能率が高まるためです。もともと午前中という時間帯は、脳内物質のセロトニンやドーパミンなどのアミンが優位となり、整合性や気密さ、論理性など高い集中力を要求される作業に向いているともされています。高度で複雑な計算や、冷静さを要する重要な決断などにはこの時間帯を有効活用するとともに、生徒の皆さんには、学習活動に係る目標設定や計画立案などをすることをお勧めします。

7月18日(火) 川俣高等学校長

睡眠中に

人にとって睡眠は重要です。ただ脳を休めるといったこと以上に、睡眠中に大きな発見のヒントを得たとする例は多くあります。たとえば、ベンゼンの亀の甲型の構造式を発見したドイツの化学者ケクレは、ヘビが自分の尻尾を噛んで輪状になっているウロボロスの夢を見て、ベンゼンの六員環構造を発見したとされています。ロシアの化学者メンデレーエフが宇宙にある全ての原子がどういった体系にあるのかを悟ったのも睡眠中であり、化学の教科書にも掲載されている周期表をまとめることができたとされています。もしも目が覚めたときに、生徒の皆さんが昨夜見た夢の一端を覚えていたとすれば、そのことが皆さん自身に大きな影響を与える要素となる可能性も大いにあります。

7月14日(金) 川俣高等学校長

視野の広がり

「白日(はくじつ)山に依りて尽き、黄河海に入りて流る 千里の目を窮(きわ)めんと欲して、更に一層楼(ろう)を上る」と歌った中国の詩人がいます。「太陽は山にかかってその背に落ち、黄河は海に向かって滔々と流れている。その千里の彼方まで見極めようと、楼閣を更に一層上へとのぼった。」という意味の詩ですが、高いところに登ると周囲を見渡すことができる、という、ごく当たり前のことを述べている裏側には、実はもっと深い意味が含まれている、とする人もいます。人は自分の背丈からはあまりものを見ることができないので、もっと先まで見通したいと思うなら、少しでも高いところ、つまり目標に向かって一歩ずつでも歩みを進めていく必要がある、という向上心の尊さを表現している、とする説です。千里の先を窮めたいという強い意思には、人の生き方にも影響を及ぼすほどの力が込められています。

7月13日(木) 川俣高等学校長

水 泳

泳ぐことのできない子を対象にした水泳教室で、子どもたちはプールサイドに敷いた浮輪に腹ばいになり、手足をバタバタさせながら平泳ぎの型を練習しています。15分程経過すると、子どもたちは浮輪を身に付けて水に入ります。顔を水面に伏せようとする子がいると、コーチから、「顔を上げて。水で顔を濡らさないで。」と指示が飛びます。よく見ると、ひと泳ぎした後に、コーチは子どもに知られることなく、浮輪から少しだけ空気を抜いています。やや浮きにくくなった浮輪を付けた子どもたちは、強く手足を動かしながら泳ごうと努力します。でも、2か月もすると、すべての子どもたちが浮輪なしで泳げるようになるのだそうです。これはフランスで水泳を教えている、オリンピックにも出場された方の指導例です。水が怖いから泳げないのではなく、泳げないから水が怖くなる、というのがその方流考え方です。そして、顔が濡れるのを怖がる子も多くいるため、まずは、濡れることの少ない平泳ぎの型から指導を始めているということです。指導法は奥深いものです。

7月12日(水) 川俣高等学校長

機 転

鷹狩に出かけた豊臣秀吉が近江の石田村に立ち寄り茶を所望すると、一人の少年が大きな碗に温めのお茶を用意します。2杯目は先ほどの半分の量をやや熱めに、また3杯目はかなり熱めにして小さな碗に入れて出したので、機転の利くその少年、石田三成を近習として召し抱えた、という逸話は有名です。でも、よく似た話が海外にもあることをご存じでしょうか。インドで狩りに出かけた王子が隣国の村に立ち寄り、足の汚れを落とすために水を依頼すると、末利(まつり)という少女が、太陽に当たり温かくなっている泉の表面の水を汲んで渡します。今度は顔を洗う水を依頼すると、泉の中ほどのややぬるめの水を、更に飲み水を所望すると、泉の最も深いところから汲んだ冷たい水を運んできたそうです。全くといっていいほど同じ逸話ですね。もしかすると、博識な石田三成は、インドのこの話を耳にしていたのかもしれません。あるいは、機転が利くという概念の捉え方が、日本とインド間では同じなのかもしれません。ちなみに、この類似した2つの話については、幸田露伴が指摘しています。

7月11日(火) 川俣高等学校長

仕事の道筋

ある会社の新人社員研修で、ある新聞の全ページに使われている字数を90分で数えるよう指示されたそうです。3つに分けられた班では、その方法について手順を話し合い、作業に取りかかります。1つ目の班は、1人分の担当ページを決めて、それぞれが一斉に数え始めます。2つ目の班は、題字の下に掲載された新聞社の電話番号に電話をして、解答を聞き出そうとします。そして3つ目の班は、全員で1ページ目の傾向把握に努めます。日によって違いはあるものの、平均的な数値として新聞には約12万字が使用されているそうですが、数字や記号を含ませるかどうかなど、不確定要素により正解は異なります。その会社が見たかったこと、それは、正解以上に取り組む過程での姿勢だったようです。1つ目の班のように、エネルギッシュに立ち向かう力は、社会人に必要不可欠とされます。また、2つ目の班のように、電話などの手段を有効活用して情報収集することも大切です。3つ目の班のように、全員で協力して目を通した結果、その新聞の紙面は15段に区切られており、各段には80行から90行あり、その1行には14字程度入っていることを分析する、そうした協力と分析力も求められる力です。課題解決の方法は、準備されているものではなく自分で見い出すものであり、また、正解も一つとは限らない、ということは、いつの時代にも当てはまるようです。

7月6日(木) 川俣高等学校長

過 敏

何かに対して過敏に反応することは誰にでもあります。でも、周囲からの刺激や他者の感情を必要以上に受け止めてしまうと、心理的に疲れてしまうこともあります。こうした傾向は、音や色彩の微妙な違いを感じ取るなど、直観的に察知できるアーティストの方に多く見られるそうです。また、日常の些細な疑問を見つけ出せるなど、素晴らしい才能を持っている人とも言えます。でも、疲労感を感じるまでの過敏な状態にならないよう、以下のような対応を推奨する心理学者もいます。予め、過敏になりそうな要素をできる限り避けることを前提として、頑張りすぎることなく上手に休みを取り入れ、マルチタスクをすることなくシンプルに物事を進め、時には、敢えて人に頼るなどすると、安心感に満ちた生活環境を作り上げることができるようです。

7月6日(木) 川俣高等学校長

人との付き合い

生徒の皆さんが人と話すとき、予めその人に関する情報を集めたりすると思います。でも、そうした情報以上に、今、目の前にいる方と誠意をもって向き合うことは大切です。人は十人十色、これまでの経験値も考え方も様々です。そうした中、もしも自分に似た人と出会うことができれば、それは幸運です。お互いの魂が共鳴することで生み出されるセレンディピティ(思いもよらない幸運)に感謝して、誠実に話をしてみるのも良いと思います。同じ者同士の結びつきは、その力を何倍にもしてくれます。一方で、異なる者の結びつきからも、同種とは異なる大きな力が生じます。緩やかな繋がりではあっても永く続く関係により、多様化する社会への対応力向上を図ることができます。

7月5日(水) 川俣高等学校長

心の扉

新しい環境に身を置くと、どうしても不安が付きまといます。入社して3か月も経ったのに、まだ人間関係をうまく築けていないと感じている新社会人の方もいるかもしれませんが、信頼関係の構築(ラポール形成)には、3か月からそれ以上の月日を要すると言われています。でも、少しでも早く周囲の方々との関係を築きたいとすれば、自己開示を行うことが効果的とされています。自分のことを相手に話す自己開示をとおして、相手は少しずつ心を開いてくれます。複数回会うことも、心が通じ合う段階を飛躍的に向上させてくれます。これを自己開示の返報性の法則といいます。でも、注意してほしいことは、心を開くことを、相手にだけ求めることはできないということです。心の扉のノブは内側にしか付いていません。人は、相手の扉を開けることはできません。自らの心の扉を開く意識を持つことで、良好な人間関係を築くことができます。

7月4日(火) 川俣高等学校長

道を求める

幸福を求めるのは人として当然のことです。でも、周囲を見渡しても、どこにも幸福は落ちてはいません。幸福とは、そこにあるものではなく、幸福にするものだからです。一方で、幸福になるために、遠くに道を求める人もいます。でも、意外に近いところに幸福になるきっかけはあります。以前に本投稿において、メーテルリンク著『青い鳥』のお話をしたことがあります。青い鳥(幸福)を探して森を駆け巡り、結果として、その青い鳥は自分の家のカゴの中にいた、という童話です。生徒の皆さんが抱える悩みを解決する術はずっと身近にあります。また、悩みを相談する人もずっと身近にいます。孟子も、道は近きにあり、却(かえ)って之(これ)を遠きに求む、と話しています。生徒の皆さん、再度、じっくりと周囲を眺めてみてください。

6月30日(金) 川俣高等学校長

一体化

外敵から身を守るために、動物はよく周囲の環境に溶け込み、自分をその一部に見せたりします。石を隠すなら石の中、人に隠れるなら人の中、という諺もあります。こうした保護色の処世術ともいうべき行動は、人の世界にも取り入れられています。身を隠すという意味合い以上に周りと一体化することは、多くの良き側面を持つことは、借景(しゃっけい)の概念からもうかがえます。目の前にある庭の景色に周囲の自然を取り込んで、眺め全体を色合い豊かなものに変える作庭技法は、文化の深みすら感じます。人は昔から、そして今でも、自然との融合、そして、人との融合を目指して生活を営んでいるのだと思います。

6月29日(木) 川俣高等学校長

将来への不安

生徒の皆さんが自分の将来を考える際に、一抹の不安を感じることがあると思います。見知らぬ世界に飛び込もうとしているわけですから当然のことです。ホームとアウェイ、どちらかを選択しますかと問われれば、安心感に満ち溢れた、勝手知ったるホームを選ぶのと同じ意味合いを持ちます。でも、予想できることと予想できないことが入り混じり、不規則に物事が起きることを偶有性と言い、人は、この偶有性を避けることはできない、とされています。アウェイに強くなることは、この偶有性を楽しむレベルに達すること、とも言えそうです。そういえば、夏目漱石著『三四郎』の中に、ロマンティック・アイロニーという言葉が出てきます。自分の将来をどうやって歩んでいくのかについて、自分の内面に向き合って考える場面を指します。このプロセスを経験することも非常に大切です。生徒の皆さんには、偶有性の瞬間を楽しんでほしいと思っています。是非、ロマンティック・アイロニーにも直面してほしいと思います。ホームの常識が通用しない未知との出会いは、きっと皆さんを大きく成長させてくれます。

6月28日(水) 川俣高等学校長

おぼえ唄

平安京は、都市計画に基づき整然とした碁盤目状に造られたので、どこを歩いているのかわからなくなることが多くありました。位置を指し示す看板等も少ないため、人は、「まるたけえびすに(丸太町、竹屋町、夷川、二条) おしおいけ(押小路、御池通) あねさんろっかく たこにしき しあやぶったか まつまんごじょう」と、通りの名の順に唄にして暗記したそうです。京の通り名おぼえ唄、といいます。この部分は京の中心部ですが、北は鞍馬口通から南の七条通まで、唄は揃っています。そういえば、膨大な量の知識を記憶する際に、語呂合わせをよく用います。2年生の皆さん、これで、今年10月に行われる修学旅行の京都班別研修時に迷うことはなさそうですね。

6月27日(火) 川俣高等学校長