令和4年度

校長より

粗野に考える

粗野に考えることを学ばねばならない、こう述べたのは、ドイツの劇作家であり詩人のベルトルト・ブレヒトでした。丁寧に考えるのではなく粗野に考える、とは、わかりづらい表現ですが、自分が主体となり、自分の感情に沿って率直に物事を見つめる、という意味合いを持つ、とも読み取れます。目の前にある事象を、近い位置からではなく遠い場所に身を置き、眺めながら取り組むのでは事態の解決にかなりの時間を要します。洗練された考えは意味を持たず、むしろ、至近距離から捉えた感覚や感情に基づき、前に進むのか、一旦は退くのか、あるいは、歩みの方向を左右に変えるのかを判断することこそ、大きな意味があります。生徒の皆さん、決断を要する場面は、すぐに、そして数多く訪れます。自分の感覚を大切にして、是非、粗野に考えてみてください。

11月8日(水) 川俣高等学校長

具体性

かつて南カリフォルニアを訪れた日本人観光客が、レストランで注文前に水が出てこないことに不満を感じたそうです。でも、テーブルの上を見ると、小さなカードが置かれていることに気づきます。「渇水が3年程続いています。お客様のコップ1杯の水が、後の数枚分の皿を洗う水になります。こうした取組が全レストランで実施されると、南カリフォルニアにある貯水湖1つ分の水が助かります。」カードにはこう書かれていたそうです。その日本人観光客がその後、水について不満を感じることはなくなりました。人は、頭の中で具体的なイメージができると腑に落ちるものです。コップ1杯の水→数枚分の皿を洗う水→貯水湖1つ分。生徒の皆さんも、漠然とした目標設定以上に、数値を取り入れるなど具体性のあるそれを念頭に置くことで、実効性を格段に高めることができます。

11月7日(火) 川俣高等学校長

バランス図式

心技体の充実がスポーツには必要とされています。ここでいう心は、やる気とも置き換えることができます。体は、通常は体力を指しますが、ときに形の美しさを意味する場合があるそうです。書家の相田みつをさんは、バランスの図式と呼ぶ掛け算表をとおして、作品(形)の美しさを紹介されています。持っている力を10として、それを心と技術の2分野に分け、掛け合わせたものが作品の出来を決めるというものです。たとえば、心を9、技術を1とすれば、作品の持つ美しさは9、心が8で技術が2であれば、作品は16となり、これが心1、技術9まで続きます。そして、最高値である25(5×5)を目指して日々努めることこそ大切、と話されています。生徒の皆さんが目標達成に向けた取組をする場合にも、大いに参考になる考えです。

11月6日(月) 川俣高等学校長

瑞 兆

鹿児島は雨の多い地域として知られています。観光を楽しみにしていた方々には残念な雨となりますが、ガイドさんは必ずと言っていいほど、これは島津雨といって皆様を歓迎する印、と話されるそうです。島津藩の島津忠久氏は激しく降る雨の中で生まれたため、島津雨と呼んで瑞兆とした、とされています。軍旗にも雨を描き、時雨(しぐれ)軍旗と呼んだそうです。普通であれば、雨により全体の士気が下がるところを、巧みに士気をかき立てようとした島津忠久氏の深謀遠慮もうかがえます。的確な意味づけをされることにより、ものの概念は如何様にも変化をします。

11月2日(木) 川俣高等学校長

一本の綱

セルバンテスの描くドン・キホーテは、風車を巨人と思い込み敢然と立ち向かいますが、風車の羽根木に飛ばされて大怪我をします。従者であるサンチェ・パンサがその無謀な行為を窘めると、彼は、「お前はなんて冒険心がないんだ。勝敗は時の運だ。」と切り返します。どう考えても風車に勝てるとは思えませんが、ドン・キホーテがここで話した冒険とは理想のことである、とする説があります。理想に向かって突き進むことに意義があり、その結果は問うものではない、と解釈すれば、確かにドン・キホーテの行動は頷けます。今いる現実の世界から、前に広がる理想の世界を繋ぐ一本の綱、そして、後ろにも後退を意味する世界があるとすれば、生徒の皆さんはどうしますか。いつまでも、ここに立ち続けますか。それとも、その綱を通って歩みを前に進めますか。現実を理想の世界にまで高めることができるのは、自分しかありません。

10月31日(火) 川俣高等学校長