令和4年度

2023年4月の記事一覧

習 性

江戸時代の末期から、おとりのアユを使う友釣りという手法が用いられました。アユには、一平方メートル程度の範囲に一匹ずつ住み、苔を食べる習性があります。自分の縄張りに他のアユ(おとりのアユ)が侵入すると、怒って追いかけ回すことを利用して、江戸時代の人はアユを釣りあげようと思いついたわけですから、すごいものです。でも、一般的となった人工種苗のアユは、整備された一定の環境の下で育てられることにより、そうしたアユは縄張りを作りたがらない傾向にあるため、結果として、闘争心も弱いことから、友釣りがしにくくなるのだそうです。環境は、そのものの持つ本来の習性をも変えてしまう力があります。

4月30日(日) 川俣高等学校長

変 化

エクアドルの首都キトに仕事で滞在していた日本人の方の話です。富士山の7~8合目あたりに位置するキトでは、平地の70%程度しか気圧がないことから、密閉したビニールなどは風船のようにパンパンになるのだそうです。気圧の低さは、慣れていない人にとっての体調にも影響を与えます。1回の呼吸で摂取できる酸素量も限られることから、頭痛や食欲不振などの症状を引き起こす場合もあるのだそうです。でも、歴史が物語るように、動物も植物も、もちろん人も、その土地で生活するために変化を遂げ、見事に課題の克服を図ってきました。人の持つ柔軟性は、自らが認識する以上に素晴らしいものです。ちなみに、身体を守るためにヘモグロビンが増加したためなのか、あるいは肺活量が大きくなったためなのかは定かではありませんが、前述した方は4年間のキトでの生活をとおして、日本に帰国した後に運動をしても疲れにくくなった、と話されています。一方、キトに住む人たちは、低地に移動すると空気が重くのしかかるように感じ、風の圧力に耐えられずに、すぐにキトに戻りたがるそうです。人には、まだまだ神秘的な面がたくさんあります。

4月28日(金) 川俣高等学校長

孤 独

人間とは、人の間と書くくらい、仲間と仲間との間にある存在なので、孤独を嫌う傾向にはあります。井伏鱒二の作品『山椒魚』にも、「ああ、寒いほど独りぼっちだ。」という表現が出てきます。でも、ヘルマン・ヘッセは、「ほんとうに、自分をすべてのものから逆らいようもなく、そっとへだ(隔)てる暗さを知らないものは賢くはないのだ。」と表現し、孤独を知らない者は、人と人とが結び合う真の喜びを知ることはできないし、自分自身のことも知ることはない、と指摘します。新しい環境になれば、一時、誰でも孤独を感じることはあります。でも、孤独は永遠に続くことはありません。心細さ、不安も然りです。

4月27日(木) 川俣高等学校長

真の友

人と人の繋がりの中で、特に尊敬の念をもって結ばれる繋がりは貴いものとされています。自分の他にも最も尊敬できる他者がいる、こうした感情ほど、自分に大きなエネルギーをもたらす存在はありません。キケロも『友情について』の中で、単に遊び友だちや、利益で結ばれていることを真の友情とは言わない、と書いています。友情とは、人と人とがお互いに尊敬し合い、人と人との信頼の上に成立する、それ自体で価値のある人間関係です。生徒の皆さん、高校生活を送る中で、自分にとって親友と呼べる人を見つけ出すことができたら幸せです。

4月26日(水) 川俣高等学校長

前向きな捉え方

日々学習に仕事に積極的に取り組みたいと思いつつも、実現にはいたらない経験は誰にでもあります。少しでも前向きさを感じるためには何が必要かについて研究したのは、医療社会学者のアーロン・アントノフスキー氏です。彼は1つ目に、有意味感を挙げます。たとえば、希望しない部署に配置されても、これは将来に役に立つ仕事を覚える機会、と捉えることを指します。2つ目に、全体把握感を挙げます。今の仕事が忙しいと思うよりも、次週には少し余裕ができる、という考え方のことを指します。3つ目に、経験的処理可能感を挙げます。今の仕事も厳しいが、以前にも厳しい仕事を成し遂げたのだから今回もうまくいく、という捉え方です。以上挙げた3つの考えは、ちょっとした考えの変革により、生徒の皆さん自身も取り入れることができるので、是非、試してみてください。

4月25日(火) 川俣高等学校長

モ ノ

今は、世に情報やモノが溢れています。人の生活は豊かになり、また、その豊かな生活を求める傾向は新たなモノの開発を促進しています。でも、20年前には、そのほとんどが存在していなかったのも事実です。そうした中、人は幸せな生活を送っていました。洗濯機と冷蔵庫、テレビを三種の神器としていた時代もあります。私たちは、より豊かな生活を求める一方で、消費する立場をいう消費者としてだけではなく、今あるモノを永く大切にする気持ちも求められています。

4月24日(月) 川俣高等学校長

ホーム

ホームとアウェイ、どちらを好むか聞かれれば、何となく安心感のあるホームを選択すると思います。でも、人の脳は、予め起こることが予想される状況(ホーム)を好まず、むしろ想定外のこと(アウェイ)を好む傾向にあるそうです。ということは、脳は変化に対応できるし、別の言い方をすれば、脳は常に変わりたがっている、とも言えます。脳が変われば人は成長します。無限に発展する可能性が脳にある、ということは、人は発展し続けることができるのです。自分で一定の枠を定めてしまうことは、自らの手で発展する余地、つまり可能性を狭めることにもなります。自分の脳とともに、生徒の皆さん自身も成長や発展をし続けることができるのです。

4月21日(金) 川俣高等学校長

自 由

すべての時間が行であり、顔を洗うにも食事を摂るにも作法を守ることが求められるなど、日本の禅寺での修行の厳しさはよく知られています。一方で、インドのアシュラム(修行場)では、修行者に修行する場を提供するのみで、日課すら決められていないなど、すべてが修行者に任されている、全くの自由なのだそうです。何でも自分で決め、行動し、その責任は自分が引き受けなければならないなど、これは究極の難行とも言えます。でも、こうした時間をとおして自分自身と向き合い、時には自分自身と戦うことで、真に自分の心と仲良くなれるのかもしれません。こうしないようにしよう、こうした考えはよくない、と思っているうちは、まだ自分にとって自分が敵のような存在なのだ、とも言えます。自分の心に照らして納得できる生活を送れるようになったとき、ある意味で悟りの境地に達することができるのかもしれません。

4月20日(木) 川俣高等学校長

時間枠

今の状況がいつまで続くのかわからずにいると、人は集中力を欠く傾向に陥ります。学校の授業についても、1コマの授業が何時まで行われるのかわかることで、集中して学習に取り組むことができるとも言えます。これから1時間で会議資料を整える、10分間で出かける準備をし終えるなど、自らに時間枠を設けることは、人の脳に一定の安心感を与えるようです。時間枠を設定することで、当初は間に合わせようと焦りも生じますが、この心地よい緊張感が理解力を一層高めることにも繋がります。

4月19日(水) 川俣高等学校長

生徒の皆さんも、相手に質問をする場面が多くあると思います。そして、たとえば、「いつまでに完成しますか。」と漠然と聞くよりはむしろ、「今週中までに完成しますか。それとも、月末まで、あるいは次の月までにはできますか。」と、具体的な期日や数字を挙げたほうが相手は答えやすいことは容易に想像がつきます。こうした際に、選択肢は2つよりは3つが好ましく、逆に4つ以上は迷いが生じることから不要、とする説があります。一方で、3つの選択肢を用意するには頭を使いますが、意思疎通を図る上では有効な手段とされています。生徒の皆さんが就職し、業務交渉の場に立ち会うときには、予め、「円滑に交渉が成立する。内容を一層詰める必要が生じる。いったん話を持ち帰る。」という3つの選択肢を念頭に臨むことを要します。また、あるプランを提示するなら、「相手にとって最も良い条件、相手が納得する現実的条件、相手が敬遠する可能性のある条件」という3つの条件を考えることで、相手の考えるパターンの先読みができます。3つの選択肢に係る意識は、仕事の上でも普段の生活をする上でも、会話の一層の促進を図ることができます。

4月18日(火) 川俣高等学校長

段取り

仕事に関して質問を受けたり指示を受けた際に、迅速に対応できるよう、予めの準備が必要とされています。料理人の方は冷蔵庫の中を綺麗に仕切り、どこに何を置いているかをしっかりと頭に入れて仕事に臨むそうです。指示されるとすぐに材料を取り出すことができることに加え、庫内の温度も上がらないなど、利点が多くあるからだそうです。細部にまで意識が回り、先を読むことができ、結果として仕事に関して高い評価を得るようになるのも、すべては準備、段取りにかかっています。

4月17日(月) 川俣高等学校長

図 面

地方の技術部門の支社に配属となった方が、毎日、図面の一部作成をするよう指示され、2年間その作業に取り組んでいたそうです。転勤したばかりの上司が、今はどういった仕事をしているのかと彼に尋ねると、彼は、東京では同期が作成した資料がプレゼンに使われるなど充実感を持って仕事をしているのに、自分はずっとこうした雑務をしている、と、つまらなそうに答えます。上司が続けて、その図面の縮尺は何分の一か尋ねると、彼は即座に答えることができなかったそうです。そこで、その上司は彼に、「先輩があなたに与えたのは、雑務ではなく経験だ。でもあなたは、図面の全体を見ることなく、ただ指示された一部のみを見ていたにすぎない。この2年間、時間を浪費していただけだ。この図面が今後どう使われるのか、この図面が、この後に人の生活をどのように豊かにするのか、を考えようとすれば、縮尺でも何でも瞬時にわかる。技術は教科書には書いていないし、誰も教えてはくれない。経験でしか身に着けることはできない。東京の同期よりも、あなたのほうが恵まれた環境にいる。」と語ります。彼は後に当時を振り返り、一枚の図面の持つ無限の広がりを感じることができるようになった、と述べています。

4月14日(金) 川俣高等学校長

令和5年度始業式(4月10日)時の話

生徒の皆さんは、ドイツの詩人であり劇作家、法律家でもあったゲーテを知っているでしょうか。彼の作品の中にファウストがあります。この世のすべてを知り尽くしたいと思うファウストは、哲学、法学、医学など、およそ学問と呼ばれるすべての分野に夢中で取り組みますが、依然として、ただただ迷い歩いているだけで、何もわかっていない自分の存在に気づき、深く落ち込みます。でも、作品ファウストの中に出てくる神は、ファウスト自身が苦しむ姿を天から眺めながら、人間は努力する限り迷うものだ、と語るのです。何かを成し遂げようと思ったときに、ただの一度も迷うことなく目標達成はできません。高い目標を掲げれば掲げるほど、何かを為そうと願えば願うほど、人はあれこれ思い悩むものです。努力をしなければ迷うことさえしないので、すべてにおいて迷いのない人は、何の努力もしない人である、との厳しい指摘もあります。ファウストの飽くなき探究心と、その先にある悩みこそ、人の持つ向上心の証、とも言えます。
シェイクスピアのハムレットも、深刻な悩みを抱えて、なすべきか、なさざるべきか、とつぶやきます。決心のつかない彼は優柔不断な主人公にも写りますが、そうした迷いがなければ決断が生まれないのも事実です。迷いは、確固たる信念の欠落により生み出されたものではありません。そして、迷いの末にたどり着いたもの、それこそが、何ものにも動じることのない、強い意思です。生きるということは、生涯にわたって迷い続けることだ、とも言えます。人は、幾筋にも分かれた行路を前にして、進むべき選択肢を絞り込む際に少しの躊躇を感じますが、どの道を進んだとしても、足の向く先には、見るべく、聞くべく、感ずべき大切なものがあります。生徒の皆さんには、迷いを苦しみとして捉えてほしくはありません。読書をしたり、友や先生方に相談したりして解決を図るなど、迷いを解く術は多く存在します。重ねて伝えます。迷いは、それだけ真剣に努力している証拠です。行くべき道を自分の力で見い出すためにも、人としての真実を見つけ出すためにも、大いに努力して、大いに迷い、そして、その解決を図るべく大いに考え、結果として、成長を遂げる令和5年度にしてほしいと思います。

4月12日(水) 川俣高等学校長

自分との関係性

古代アテナイの人たちはアゴラ(広場))を中心として生活を送っていました。一日の仕事は午前中に終わってしまうので、午後には、アゴラには馬具屋や布地屋など、多くの市場が開きます。そうした中を、哲学の祖とされるソクラテスは、何とこんなにたくさんの私に関係のないものがあるのか、と、ささやきながら歩いていたそうです。では、ソクラテスにとって関係のあるものとは何だったのでしょうか。彼にとって、それは知恵でした。人は、自分には関係ないと思えば関心を払うことをしません。一方で、自分との関係性を見い出せば、貪欲なまでの探究心を発揮します。ある概念に価値を生み出す基準は、人そのものです。元々概念に価値があるというよりもむしろ、人がそこに価値を与えていくのかもしれません。生徒の皆さんにとって、関係性の高いと感じるものは何でしょうか。

4月11日(火) 川俣高等学校長

精 進

一途に邁進して目標達成を図る姿は素晴らしいと思います。他者の目を気にすると恥ずかしさを感じることもあるかもしれませんが、その取組の価値が下がることは決してありません。詩人の坂村真民氏は、我行精進、忍終不悔、と称しました。修行に終わりはなく、あくまでも自分の道を歩み続けることに何ら悔いはない、という意味とされています。良寛和尚は自らを大愚と称しました。これは、自分の掲げる目標達成に向けて精進する生き方や、わき目もふらずに一心に歩み続ける愚直さこそ偉大であり、また、光輝くものである、という意味とされています。集中していると、周囲が気にならなくなるその瞬間を数多く体験できれば、そのことだけでも大きな意義があります。

4月10日(月) 川俣高等学校長

仕事のおおよその見通しがついたときなどに、峠を越えた、という表現を使います。峠とは、山のこちら側とあちら側の境に位置する高い場所を指しますが、移動手段がなく、他地域との交流もしにくい状況にあった昔の人にとって、山は、見えぬ理想郷を思わせるあこがれの存在であったとの指摘もあります。今でも、旅の原点にあるのは、あちら側にある素晴らしい世界に触れたいという思いであり、そうした思いが人を旅に誘(いざな)うとも思えます。そういえば、民俗学の第一人者である柳田国男氏は、日本中を歩いた旅人としても知られています。 最も心に刻まれる旅の瞬間を問われた柳田氏は、「峠に立つと、景色が一変する。こちら側とむこう側では、空気までも違っている。住む人の考えも風景も、まるで異なる2つの地域を、峠をわたる風に吹かれながら眺めていると、何ともいえない気分になる。」と話されていました。生徒の皆さんも、きっと、人生観に大きく影響を与えるような峠に立つ瞬間を何度も体験することになります。

4月6日(木) 川俣高等学校長

学習法

考査などテストが近づくと、早く知識の身に付く何らかの方法はないか、と考えがちです。本屋に行けば、学習法から暗記法まで様々な方法を紹介している本がよく目につきます。でも結局は、約2300年前に、ギリシアのプトレマイオス一世が数学者ユークリッドに「幾何学を容易に学ぶ方法はないか。」と尋ねた際に、ユークリッドが答えた「幾何学に王道なし」につながるのではないかと思います。また、世界的細菌学者の野口英世博士も、「努力だ、勉強だ、それが天才だ。誰よりも3倍、4倍、5倍勉強する者、それが天才だ。」と話されています。いくら学習法に省エネを取り入れたとしても、地道な努力は必要とされるようです。

4月5日(水) 川俣高等学校長

大きな意欲

生徒の皆さんは、主に教科書をとおして学ぶことと思います。より一層わかるために、自分に合う参考書やテキストを探すこともあるかもしれません。でも、学びの本質は、何から学ぶか、ということよりも、どんな意識で学ぶか、にあります。エッカーマンの『ゲーテとの対話』の中には、大きなヒントが書かれています。「自分の所有といえるものはごくわずかなものである。我々は、先人からも同時代人からも受け入れて学ばなければならない。要するに、自分の内に持っているか、他者から得るか、こうしたことは愚問なのだ。大切なことは、大きな意欲を持ち、それを成し遂げる根気を持つことである」。生徒の皆さんが真に学べるかどうかは、皆さんの持つ意欲と根気にかかっています。

4月4日(火) 川俣高等学校長

言葉以外で伝える

相手に情報を伝えるために、人は言葉を用いますが、実際には難しいと感じる時も多くあります。言語使用は左脳に依存しているため、いわゆる話し上手と言われる人は左脳が発達しているとされています。でも、相手に伝える情報ツールは言語に限られるものではありません。うまく相手に情報を伝えることができるよう、新たな創作料理作りを勧める方もいます。初めての料理は出来上がりを想像しにくいものですが、失敗した料理を出さないためにも、どう調理すれば美味しくなるか、相手はどういった味付けを好むか、盛り付けをこうすれば相手は喜ぶのではないか、など様々考えながら調理に取り組むため、相手への配慮を念頭に置くことが調理の前提となります。そして、その料理が好評となれば、相手との結びつきも一層強いものとなります。つまり、話すことなく、自分の思いを伝えることができるのです。問題解決の手順を筋道立てて考えることは、伝えるための言語使用以上の効果をもたらすこともあります。また、創作料理以外にも、自分の思いを相手に伝える方法は数多くありそうです。

4月3日(月) 川俣高等学校長