令和4年度

校長より

価値の創造

生徒の皆さんが企業に就職し、商品開発のプロジェクトチームに配属になったとします。そこでは、上司に言われた通りにやること、また、過去や他社の傾向ばかり気にすることは求められていません。改良はできても、新たな創造ができないからです。自分を囲い込んでいる枠の中から、自らが一歩踏み出すことが求められます。そのためには、自らの感動体験が大切とされます。自分がこんなに素晴らしいものを作った、皆にこんなに喜ばれることをした、といった感動体験をとおして、お客様にも同じ感動を感じてもらいたいと、心から思うようになるのだそうです。そして、ノルマとして仕事に取り組んでいた姿勢にも、大きな変容が表れます。ものづくりに関わる方には、自分たちはものを作っているのではなく、お客様の感動を作っている、と公言する人が多くいらっしゃいます。加えて、時代に左右されることのない価値も創造したいと思うようになるのだそうです。ものづくりの世界は、実に楽しそうです。

12月8日(木) 川俣高等学校長

自己に達する

いつの時代にも流行がありますが、その流行に忠実であったために、流行に裏切られる場面に遭遇することもあるようで、それは絵画の世界も然りです。では、幾世にもわたり残る絵とはどういったものなのでしょうか。洋画家の熊谷守一氏は、「絵でも字でも、うまく描こうなんてとんでもないことだ。結局、絵は自分を出して、自分を生かすことだと思います。」と話されています。熊谷氏は加えて、それが最も難しく、そうした領域に達するには、おそろしいほどの時間と忍耐、辛抱を要し、評価されない苦しみと孤独にも耐えなければならない、とも話されています。このことは、絵に限ったことではありません。生徒の皆さんが、自分の持つ個性を十分に発揮できるまでには、言い換えれば、自己に達する瞬間までには、前述したような忍耐の期間を経験するかもしれません。でも、その先には、自分の中に長く残る財産を作り上げることができます。

12月7日(水) 川俣高等学校長

生徒の皆さんは、一期一会という言葉を知っていることと思います。この言葉は、今日の茶会は、再度繰り返すことはできない一生に一度のものなので、主人も客人も、そのことを心して、共に全力を尽くし素晴らしいものとしなければならない、という思いの下、茶道の教えとして使われました。そしてこの考えは、人生のありとあらゆることに当てはまります。どんなことでも、人生で一度しかなく、再び繰り返されることはありません。たとえ、同じメンバーで同じ場所に集まったとしても、同じ時間にはできません。今、友と会っているのも一期一会であるし、また、何かに取り組むこともまた、一期一会です。だから、何かを話し合う機会があるのであれば、和やかな中にも節度を持って盛り上がり、楽しい一時を過ごす方がずっといいわけです。家族と過ごす時間も、思いやりと感謝の心を持ちながら、明るく話す方がいいと思います。作家の井上靖氏は、「自分が歩んできた過去を振り返ってみると、一生に一度の素晴らしい出会いが、何とたくさんあったことか。その多くは、自分が意識して作ったものではなく、求めたものでもなく、偶然に生み出されたものであるが、長い人生行路において、そこだけが輝いて見える。」と、ご自身の本に書いていらっしゃいます。生徒の皆さんと私たち教員が、ここ川俣高等学校に集うのも、今、この瞬間しかない大切な時間です。家族の方々と話をするのも然りです。間もなくやって来る冬季休業を、今、を考え、今、を見つめ直す機会にするのもよさそうです。

12月6日(火) 川俣高等学校長

人づくり

江戸時代の名君である細川重賢氏が藩校を作ったときの話です。彼は、指導される方々に対して、「あなた方は国の大工さんである。そして、あなた方の教えを受ける若者は、例えるなら、川のいたるところにいるなど、様々である。どうか、橋を一か所に架けることのないようにしてほしい。強い流れのところにいる者も、なだらかな流れのところにいる者も、皆、川を渡れるよう、それぞれのところに橋を架けてほしい。」と話したそうです。かねてより、人を木に見立て、「人は、一本一本の木である。」という考え方もありました。それは、①木には無数の種類がある。人も同じである ②木は、場所によって、育つ木もあれば育たぬ木もある。人も同じで、育つのに適した環境がある ③木には、肥料をやらなければならない時期と、自然に任せて育つ時期とがある。人も同じで、手を差し伸べる時期と、控える時期がある、という理念に基づくものです。今にも通じる考え方ですね。

12月5日(月) 川俣高等学校長

人学ばざれば知なし

生徒の皆さんは、福沢諭吉氏の著「学問のすすめ」を知っていると思います。日本の人口が約3300万人であった当時、約80万部売れたベストセラーです。「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という冒頭が有名なので、武家時代の階級概念を打ち破ることに努め、人の平等について述べた本、とされていますが、一方で、学ぶことの大切さについても主張されています。この本の一節には、次のように表現されています。「されど今、広くこの人間社会を見渡すに、賢き人あり、愚かな人あり、そのありさま雲と泥の相違あるに似たるは何ぞ、その次第甚だ明らかなり。人学ばざれば知なし、知なき者は愚人なり。」。その厳しい指摘から相当の年月が流れましたが、学ぶ意義は一層の高まりを見せています。文豪吉川英治氏の座右の銘は、「我以外皆我師」だそうです。すべての人から学ぼうとする姿勢は、今も健在です。

12月2日(金) 川俣高等学校長

不連続の連続

紅葉の季節が終わり、冬がやって来ます。カレンダーを見ながら、そして季節の移ろいを感じながら、私たちは昨日と今日、明日というように区切りをつけます。こうして、人は自然の力を借りながら、連続した日々の流れに区切りを入れてきました。私たちの心の動きを不連続にしたのです。でも、皆が気づいているように、時や私たちの活動は、昨日や今日もそうであるように、明日もまた、途切れることなく連続します。変化のない単調な毎日に敢えて区切りを入れることで、私たちは今日を生き、明日を想う新たな気持ちを手に入れているのかもしれません。区切りはけじめ、一歩を踏み出す大きな力です。不連続な心を繋げていく努力の先に、目標達成の瞬間があります。

12月1日(木) 川俣高等学校長

適 職

生徒の皆さんは、自分の持つ個性に合った職種かどうかを念頭に置いて、就職先を絞り込んでいくことと思います。そして、実際に就職した後に、仕事が楽しいので、これこそ自分の天職だ、と思うかもしれません。でもそれは、もしかすると適職なのかもしれません。天職とは、その仕事をするために自分は生まれてきた、天から授かった、と思えるような職業を指します。そこには、楽しさに加えて、常にやりがいや満たされた感情が伴います。では、適職を天職にまで高めるにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、ある程度の時間を要します。万が一、仕事でうまくいかない場面に遭遇したとしても、あきらめることなく継続して取り組み、経験を積む中で自己洞察が進み、自分の向き不向きなどについても明確化されていくと、いよいよ天職の領域に踏み込むことになります。天職とは、見つけるものでも与えられるものでもなく、適職を自分の力で徐々に変えていくこと、と言えるのかもしれません。適職に就ければ十分に幸せです。そして、もしも天職にも就ければ、人生が一層楽しくなると思います。

11月30日(水) 川俣高等学校長

性格を変える

生徒の皆さんは、自分の性格を変えたいと思ったことはありますか。精神医学的見地からすると、人の性格は3年程継続して取り組めば変えることは可能だそうです。でも、ある一つの性格を変えたとしても、自分の別の性格が気になり、結果として、性格を変え続ける無限連鎖に陥ってしまうこともあります。効果的な取組として、行動を変えることを推奨する心理学者もいます。自分のどういった性格をどのように変えたいのかを明確にして、そのために行う行動を3つ挙げます。例えば、内向的な性格を外向的に変えたいので、①笑顔で挨拶する ②意見を求められたら、最初に挙手して意見を述べる ③初対面の人には自分から話しかける、など、実現可能な3つの行動を意識して生活を送るのです。古代ギリシアの哲学者アリストテレスも、「その人の性格は、その人の行動の結果である。」と述べています。こうした皆さんの行動をとおして、自然に、周囲からの皆さんに対する見方が変わり、性格を変える以上の効果が表れます。

11月29日(火) 川俣高等学校長

コミュニケーション力

コミュニケーション力の大切さについては多く語られており、具体的な向上策も多々挙げられていますが、次の3観点も注目すべきこととされています。第一に、自分に自信を持つことです。情報を発信するには自信を要します。自信は、勇気と置き換えることもできます。第二に、相手の話に耳を傾け、理解しようとする姿勢を持ち続けることです。傾聴という言葉もあります。自分の言葉を伝えることに集中するあまり、話が一方通行になり、コミュニケーションが成立しないケースを避ける意味でも重要です。第三に、困ったときには助けを求めることです。すべての人がすべての分野について深く知っているわけではありません。お互いに補完し合うことで、自分の力とともに組織力も高めることができます。

11月28日(月) 川俣高等学校長

管鮑の交わり

友人間の信頼関係を表現するときに、「管鮑の交わり」という言葉が使われます。管仲と鮑叔は若い頃に友人となり、特に、鮑叔は管仲を優れた人物として尊敬します。後に斉の国政を担うまでになった管仲は、次のように話します。「かつて私は、鮑叔とともに商売をした。利益を分けるときに、私は自分の分け前を多く取ったのに、鮑叔は私を貪欲とは思わなかった。私が困窮していたのを知っていたからである。かつて私は、鮑叔のために事業を企て失敗したが、鮑叔は私を愚か者とは思わなかった。時に利・不利のあることを知っていたからである。かつて私は、三たび仕えて三たび君(主)から逐(お)われたが、鮑叔は私を無能とは思わなかった。私が時の利に合わなかったことを知っていたからである。かつて私は、三たび戦い三たび敗れて逃げ出したが、鮑叔は私を卑怯とは思わなかった。私に老母のあることを知っていたからである。私を生み育ててくれたのは父母だが、私を知ってくれているのは鮑叔である。」と。さて、生徒の皆さん、皆さんの周囲には、管仲から見た鮑叔のように、皆さんを真に理解してくれる友はいますか。

11月25日(金) 川俣高等学校長