令和4年度

甲子園の砂

高校野球全国大会が開催される甲子園、全力で闘った後に、甲子園の砂(土)を袋に詰める球児の姿を目にしたことがあると思います。その砂は、かつては中国福建省から、現在では、岡山県や三重県、鹿児島県や大分県、鳥取県など複数の県から運ばれているそうです。もともと、甲子園の周囲は白砂青松の地で、浜砂が豊富にありましたが、その鮮やかな白さからボールが見えにくいこともあり、黒土を混ぜるようになったそうです。春は雨が多いので、水はけをよくするために砂を増やし、白砂6に対して黒土4に、一方で、夏は日差しが強くボールが見えにくいので、白砂4.5に対して黒土5.5と配合を変えています。こうした工夫一つ見ても、大会を運営される方々が、選手の皆さんが良い環境でプレーできるよう、様々なことに気を配っていらっしゃることが窺えます。ちなみに、初めて甲子園の砂を持ち帰った球児は、読売巨人軍監督を勤められた川上哲治氏と言われています。昭和12年の決勝で敗れた熊本工投手川上氏は、涙をぐっとこらえて、黙々とグランドの砂を集めたそうです。間もなく夏の甲子園の季節です。

7月6日(水) 川俣高等学校長