令和4年度

当たり前

皆さんは、ソーサーを知っていますか。コーヒーカップの下に敷く、陶器でできた受け皿のことです。でも、なぜ、ソーサーがあるのかを考えたことはありますか。イギリスで紅茶を飲むようになったとき、使用していたのは中国製のお茶碗でした。でも、そのお茶碗には取っ手がなかったので、紅茶を注ぐと、熱くて持つことができません。そこで、下にソーサーを敷き、ソーサーごと持ち上げて飲んでいたわけです。では、コーヒーカップに取っ手の付いている現在、ソーサーは必要でしょうか。機能面からだけ考えれば、なくても困らないはずです。ただし、テーブルの汚れを防ぐことができること、または、カップとソーサーの調和が生み出すデザインの美しさなど、以前とは異なる価値があるからこそ、現実として今もソーサーはあるし、また、必要とされているわけです。皆さんの周囲にある物に目を向けてみてください。物は、そこに当たり前にあるのではありません。存在するものには必ず、何か大きな価値、そして大きな意味があります。

12月3日(金) 川俣高等学校長